新潟教区で宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃法要が2026年5月24日(日)に新潟テルサ(新潟市)で厳修されます。「慶讃事業推進委員会」堀川委員長へのインタビューの前回からの続きです。
Interview
教区独自のテーマは設定しないのですか?
本山のテーマに沿って
教区独自のテーマ設定についてはかなり議論をしましたが、結局、本山のテーマ「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」に沿っていこうということになりました。
本山の慶讃法要に則って、このテーマをいただいて進んで行くという方が、私は正しいと思います。
Interview
慶讃法要にはどのような方に参加してもらいたいですか?
人生の節目を迎えた世代に・・・
若い世代の人にも来てほしいと思いますが、退職や転職でこれから人生の節目を迎える人、子どもの手が離れた50~60代の人に来ていただけるような法要になればいいと思います。
お参りのお声掛けをするときは、どうしても組から寺院へ人数を割り当てる様な形になるかと思います。一番簡単なのは、いつもお寺に来ている方々に声を掛けるということです。その方法だと頭数は揃うと思いますが、今後のことを考えれば、年代を一つ下げてご縁を結ぶようにしていただいた方がいいのではないかと思います。
私のお寺でも、お手伝いの方などは、60代ぐらいの方に「とにかく頼む」とお願いして、だいぶ入れ替わりました。
法要にはどなたが来られてもいいんですが、この慶讃法要を契機として、それぞれのご寺院で新しいご縁を結んでほしいと思います。
若い世代にも・・・
特に若い世代に来てもらいたいということであれば、講師に誰を選ぶかということを考える必要があります。宗派内で有名な、教学的にしっかりした先生も大事ですが、そういう人ばかりでもいけないと思います。
声がとおって、話も人を惹きつけるような、いつもと違う要素のある講師、催し物を考えなければならないと思います。安居といったものではないので、わかりやすい話というのも大事かと思います。
ただ、有名であれば誰でも良いというわけではないので、慶讃法要をどう捉えるかだと思います。

Interview
慶讃法要を通して、何が生まれることを望んでいますか?法要後の理想などはありますか?
お念仏をもとに生きる社会
とにかくお念仏がひろがることです。お念仏を拠りどころにしていく、お念仏をもとに生きる社会が生まれることを望みます。
新潟は歴史的に見ても、念仏者によって拓かれた土地と言ってもいいでしょう。1600年頃を契機に、お寺と一緒にご門徒の方々がこの土地に来られたのです。私の住む蒲原平野は腰まで水が浸かるような場所で、洪水も頻繁に起こる非常に厳しい土地です。
そのような土地で「南無阿弥陀仏」のお念仏と共に、お寺を中心にして拓かれていったのです。もう一度、そういう大切なことを思い出していただきたいと思っています。
次に必ず活きる
法要後にどうなるかはわかりません。明確な理想もないです。法要が終わった次の日から大きく世界が変わるということはないと思います。
例えば大阪万博が終わったあと、日本が急に新しい世界になることはないですし、慶讃法要も同様です。
しかし、やったことが次に必ず活きていくんだと思っています。参加者やスタッフの財産となって次に進んでいく、そういうふうになればいいと思います。
法要を作り上げるプロセスが大切でありますが、スタッフになられた方にはご苦労をおかけすると思います。
Interview
教区改編後、新潟教区として最初の法要になりますが、「新潟らしく」という意識はありますか?
新潟という土地柄を意識して
新潟は真宗のお寺とご門徒が多い土地柄です。「土徳」と言う人もいます。
そのような土地柄で真宗らしく、「南無阿弥陀仏」を中心にした法要が勤まっていければいいなと思います。
新潟らしい特色を出すというのはなかなか難しいかもしれませんが、それを皆さんにも考えていただきたいと思います。
新潟には「七不思議」がありますが、どんどん忘れ去られているので、もう一度見直すということも良いと思います。
「七不思議」や「居多ヶ浜」は、宗祖御遠忌の時にも取り組んでおり、再度取り上げても良いかと思います。ただ、同じことをするのか、参考にして違うことをするのかなどは考える必要はありますよね。
別院にも関わっていただく
各別院では報恩講などの行事があるので、それを踏まえて考えてもらえればと思います。
関わり方や立ち位置などは再度確認していきます。
別院には日頃から頑張っている中で慶讃法要への協力をお願いすることになると思いますが、同時に委員会の方から別院に協力をしていくことも必要です。
今回の慶讃法要では帰敬式がないため、今年の高田・三条別院の報恩講で多くの方に帰敬式を受けてもらって、来年の慶讃法要にも参加しましょう、という流れに持っていかないと、パワーが落ちると思いますね。
一緒にやっているという雰囲気は作るべきだと思っています。
教区がひとつになって
今回の法要を機に教区の統一感が生まれるかと言われれば、あまり出ないかもしれません。
ただ、今後は別院が「カギ」になるとも思っています。
例えば、お互いの別院間の交流としてお参りに行くツアーを組むなどして、各地域間で行き来する中で「高田も三条も新井も私たちが行っていい別院なんだ」というようなことになればいいなと思いますね。
別院を一つの会所みたいな形で交流できますし、逆に行き来がないと、新潟教区がひとつになったという感覚にならないような気がします。
– おわり –