寺伝では、上越市寺町2丁目・常敬寺9世住職の弟「尊照」の開基。
当時、桶海地区は常敬寺の門徒が多く、山間辺地のため手次寺が遠いため、当地に道場をつくり、関係維持。
寛政元年(1789)の火災で焼失。
その後、信濃国水内郡平出村から来村の「格賢・大導」父子が現在の長野県の北部地方の集落を中心に募財(「御堂再建奉加帳」海道寺(1800))、再建、今日に至っている。
「常敬寺道場・海道寺・淨嚴寺」と寺名が変わってきている。
尚、寛政元年の火災ですべて焼失し、それ以前は不明である。
主な教化活動
・月忌参り
・永代経法要
・報恩講